アメリカのある村の教会でのクリスマス。
その年は、子供たちが聖誕劇(イエス・キリストの誕生の劇)
をすることになっていました。
子供たちへの、配役が進んでいましたが、
知恵遅れ(あえてこの言葉を使用します)の、一人の男の子だけが、
残ってしまいました。
皆は、その男の子のために役を作ることにしました。
宿屋の主人の役です。宿屋の主人のせりふは一つだけです。
「部屋はありません。」
だけでした。そしてその後、家畜小屋を指指す役でした。
イエス・キリストの母マリヤは、
旅先のベツレヘムでイエスを出産しましたが、
その時、ベツレヘムの宿はどこもお客で一杯で、
宿屋の家畜小屋を借りて出産したのです。
男の子は嬉しさ一杯で、毎日家で練習しました。
そして、いよいよ当日がやってきました。
劇は進行し、マリヤとヨセフが宿屋の前にたどり着きました
「今晩、私たちを泊めてください。」
いよいよ男の子の出番です。
両親をはじめ皆が、祈るような気持ちで見守っていました。
男の子はハッキリと、
「部屋はありません。」
と言い、そして家畜小屋の方を指さしました。
みんなホッとしました。しかし、その後です。
小屋の方へ歩いていくマリヤとヨセフを見ていた男の子は、
泣きながら2人のあとについて行って、大声でこう言ったのです。
「行かないで。家畜小屋は寒いよ。
イエス様が風邪ひいちゃうよ。
僕の家においでよ、暖かいから…」
劇は中断してしまいました。
しかし、その年の聖誕劇ほど、
みんなの心に残る劇はなかったそうです。毎年、クリスマスの時期には必ずお話する話です。
語りながら、私自身、いつも感極まります。
男の子は、確かに「知恵遅れ」だったのかもしれません。
でもこの男の子は、知らなくてもいい、
どうでもいいことを知らないだけで、
本当に大切なことはしっかりと知っていました。
私たちは、確かに、沢山の「こと」を知っています。
でもひょっとすると、
どうでもいいようなことばかりを知っているのではないでしょうか。
遅れているのは、私たちかもしれません。
いや…この私です。
- 愛
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| コメント:2
素敵なコメントありがとうございます。
私もこの話を話したり、想ったりするだけで、心の周りにこびり付きかけていた、
くだらいな知識や知恵、また汚れがスーと落ちて行きます。感謝です。
- 2011/11/29(Tue) 12:08:38 |
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- 牧師:田崎敏明 #-
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この男の子は‘知恵’は遅れていたかもしれない、でも誰よりもCompassion(思い遣り)に溢れていたのですね。読んでこの男の子からたくさ~ん教わりました!イエス様を自分の家(心)に招く人々の何と少ないことか・・。感動して涙が溢れました。本当に素晴らしいお話をお分かちして頂き、有難うございました!
- 2011/11/29(Tue) 09:58:27 |
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- Sojourner #-
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